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親子で歌おう!歌いつぎたい日本の童謡「夏は来ぬ」
今回は「夏は来ぬ」をご紹介します。童謡とするには少し難しい歌詞かと思いますが、日本の夏を歌った歌詞はとても美しく、夏を楽しむのにぴったりな内容です。
日常であまり耳にすることのない言葉が多いですが、美しい自然をあらわした言葉、そこからイメージできる日本の風景は、未来に伝えていきたいものです。ぜひお子さんと一緒に歌ってみてください。
「夏は来ぬ」とは
「夏は来ぬ」とは、佐佐木信綱作詞、小山作之助作曲による日本の歌曲です。明治29年に発表され、2007年に「日本の歌百選」にも選ばれました。
中国の故事「蛍雪の功」が取り上げられているなど、少々難しい歌詞ではありますが、夏のおとずれを告げる風物を、抒情的に歌いあげた名曲です。NHK「みんなのうた」でも放送されていたようですよ!
歌詞紹介
「夏は来ぬ」作詞:佐佐木信綱 作曲:小山作之助
卯の花の 匂う垣根に
時鳥(ホトトギス) 早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
さみだれの そそぐ山田に
早乙女が 裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗(たまなえ)植うる 夏は来ぬ
橘(タチバナ)の 薫る軒端(のきば)の
窓近く 蛍飛びかい
おこたり諌(いさ)むる 夏は来ぬ
楝(おうち)ちる 川べの宿の
門(かど)遠く 水鶏(クイナ)声して
夕月すずしき 夏は来ぬ
五月(さつき)やみ 蛍飛びかい
水鶏(クイナ)鳴き 卯の花咲きて
早苗(さなえ)植えわたす 夏は来ぬ
歌詞紹介について、以下のサイトを参考にさせて頂きました。
まず、一番の歌詞。卯の花とは、5月~7月に花を咲かせるウツギの事です。この花が咲く時期であることから、旧暦の四月を「卯月」と呼ぶのですね。
忍び音は、ホトトギスの、声をひそめるような鳴き声の事で、その年に初めて聞くホトトギスの鳴き声を指します。
「ウツギの花香る垣根に、早くもホトトギスがとまって鳴いている。夏が来たなあ」といったところでしょうか。
次に、二番の歌詞。五月雨は読んで字のごとし、旧暦の五月に降る雨の事を指します。
早乙女は田植えをする女性、裳裾は女性の着物の裾を指します。玉苗は、苗代から田へ移すまで成長させた苗の事です。ちなみに苗代は、田植えができる大きさまで育てるのに用いる狭い田を指します。
稲作中心の日本では、早乙女が玉苗を植えるこの時期は、豊穣を祈る神聖な祭儀であったとことでしょう。
「五月の雨が流れ入る山田に、着物の裾を濡らしながら、うら若き乙女が苗を植えている。夏が来たなあ」といったところでしょう。
三番の歌詞は、中国の故事「蛍雪の功」をモチーフにしています。灯火に使う油も買うことのできない貧しい青年が、夜も勉強するために、夏は蛍をつかまえ、冬は雪をつみあげ、その明かりでもって苦心して勉学に励み、出世したというお話です。
ちなみに、「蛍雪」という言葉だけで、苦労して勉学に励むという意味があります。
橘は古くから日本に野生する柑橘(ミカン)の事、軒端はその名のとおり軒の端。ささのはさらさらの「たなばたさま」の中にも登場しますね。諫むるは、諫めると同じで、過ちを正すようにいましめるという意味ですね。
「橘香る、軒端の窓の近くに、なまけた心をいましめるように蛍が飛んでいる。夏が来たなあ」という感じです。
四番の楝は、夏の花である「栴檀(せんだん)」の古い呼び名です。水鶏は、水田や湖沼に住む、半夜行性の水鳥です。「ヤンバルクイナ」のクイナと同じですね。
夕月とあることからも、農村の夕べを歌っっている歌詞にですね。
「栴檀の花が散る川辺の宿に、遠くで鳴く水鶏の鳴き声が聞こえてくる。夕月はとても涼しくて気持ちが良い。夏が来たなあ」という意味でしょう。
最後に五番の歌詞です。これまでのすべてを総括したような内容になっています。
五月やみの「やみ」は「闇」の事で、夜の暗さをあらわしています。
ざっと訳を書いてみましたが、いかに昔の人々が、自然とともに生活をしていたかが、伝わってきますね。
美しい自然と、里に青々と広がる水田の情景が思い浮かびます。
便利で快適な現代の生活ですが、自然とふれあい、共存していくことは、未来を作っていくうえでとても重要になっていくことでしょう。
ぜひお子さんと一緒に、自然を歌った美しい日本語にふれながら、夏を楽しんでくださいね!